チャンスは一度きりだよ、シンジ君。 その日、君はとても幸せな時間を過ごしていると思う。 だけどもし、僕のことを思い出してくれたら、そのときはどうか…… この場所に…… ****** その日の天気は、僕の人生で二度目の雪だった。 夜遅く、皆が寝静まった暖かい部屋をそっと出て、僕はひとり自転車に乗る。 昼から夕方にかけて、雪は真っ白な空からまばらに降り続いていたけれど、 道路にはまだそれほど積もっていなくてよかった。 しっかり積もっていたら流石に自転車じゃ移動できない。 あの街へはここから自力で行く以外に交通手段がないから、 自転車が使えなくなればそこへ行きたくても、僕にはどうしようもなくなっていただろう。 夜になって気温が下がったせいか、今は少しずつはらはらと大きめの雪が混じり始めた。 本格的に積もるとしたらきっとこれからだ。 道が閉ざされてしまう前に急がなきゃ。 風に煽られるコートのフードを押さえ、厚く巻いたマフラーに顔をうずめながら、 滑ってしまわないようにゆっくりと、僕は自転車のペダルを漕いでいた。 絶対転んじゃ駄目だ。転んだらカゴの中のものがひっくり返ってしまう。せっかく手作りしてきたんだ。 あまり荷物は持っていけないけれど、せめてこれだけは、と思って。 だから絶対転ばないように、傾けてしまわないように、慎重に慎重に。でも雪で道が閉されてしまうより、早く。 ばかりが急いてしまって、向かい風に押し返されるような自転車の進みがすごく遅く感じる。 暗闇の中、たった一人で見慣れない景色を走り抜けることは、不思議とまったく怖くない。 地図を何度も確認して、道はすっかり覚えてきた。あの街についてしまえば、きっと少しは土地勘も取り戻せる、と思う。 そうやってこんな雪の中、人通りもほとんどない道を走って向かう先は、今はもう誰もいなくなった街、 僕がエヴァに乗っていたときに暮らした、あのマンションの部屋だ。 もどる